千利休が茶道家で在りながら切腹を許された理由
「切腹」は武士のみに許されたものです。
ところが、茶道家である千利休の死因は切腹です。
なぜでしょうか?
道を極めた人
一つの道を極めた人を、極道と言います。
今の時代に極道というと、完全にヤ〇ザやさんや、反社会的勢力が思い浮かぶと思いますが、正しくは道を極めた人のことを指します。
ヤ〇ザやさんは哲学から“極道”という言葉を選択したと言われています。
千利休は、お茶の道を極めた極道です。
「千利休はまるで武将のようだった」「あれは茶人ではなく武家だ」
と言われていたそうです。
だからこそ、豊臣秀吉から執刀を受けて切腹を許されていたそうです。
最終的には千利休の影響力があまりに強すぎて、
「このままでは敵対勢力になる」と恐れた豊臣秀吉が切腹を命じたと言われています(諸説あります)
道を極めた人たちは、本当に大切な所作を知っている
道を極めた人は、本当に大切な所作が何かを知り、それをとても大切にしている。
所作(ルーティン)を何度も何度も繰り返すから、本当に大切なこと=本質が分かる
本質が分かると、物事は一つであることが分かります。
本質の分かっている経営者とそうでない経営者の差は埋まらない
この千利休の話は、本質の分かっている経営者とそうでない経営者の大きな違いにも表れます。
道を極めた経営者と
道を極められず中途半端なまま倒産してしまったり、たとえ倒産していなくても不安なまま十何年、何十年も経営している経営者も同じです。
道を極めた経営者は、売上や儲かった儲からなかった、上場したしなかったそんなことよりも、日々の所作、ルーティンの方が遥かに大切であることに気づいています。
これから投資家は、経営者のそういう部分を観ると思います。
実績のある人ではなく、本質を知っている人